【Salon#353】2025年3月31日(火)19:00~21:00

【概要(演者より)】
 中村覚之助をご存じでしょうか。サロン2002でも何度か取り上げた日本サッカーの“始祖”と言える方です。
 明治期に海外からやってきた近代スポーツは、日本では学校を通して全国に広がりました。東京高等師範学校の卒業生が全国の旧制中学校や師範学校に赴任して、サッカーの種をまいていったのはよく知られるところです。その起点となったのが、那智勝浦町出身の中村覚之助です。
 サロン2002でもこれまで何度か取り上げています。以下の報告をご参照ください。

・2009年3月21日 日本サッカー史シンポジウム「中村覚之助と日本サッカーの夜明け」
 https://www.salon2002.net/src/pdf/monthly_report/2009/2009-3.pdf
・2016年12月17日 公開シンポジウム2016「日本サッカーのルーツを語ろう!-東京高等師範学校の足跡を中心に」
 https://www.salon2002.net/src/pdf/symposium/2016_sympo.pdf

 平成14(2002)年度に和歌山県文化協会による第53回先覚文化功労者顕彰を受けているとはいえ、若くして亡くなった覚之助の功績が世に出ることはほとんどありませんでした。日本フットボール学会3rd Congress(大東文化大学、2006年1月14日・15日)における篠田昭八郎氏の発表が、学会で取り上げられた最初でしょう。そして2009(平成21)年3月に那智勝浦町で日本サッカー史シンポジウム「中村覚之助と日本サッカーの夜明け」が、翌2010年2月には東京で「日本サッカーの始祖 熊野の中村覚之助」が開かれます。その頃は日本サッカー殿堂入りへ向けて盛り上がりましたが、なぜか勢いを失い、いまだ殿堂入りは実現していません。
 コロナ禍の2021年度、紀の国わかやま文化祭の年に、中村覚之助は那智勝浦町の名誉町民に顕彰されました。徐々に地元の機運は高まりはじめ、2024年度からは少年サッカーの「中村覚之助杯」がはじまります。その第2回大会が2026年3月14~15日に開かれます。
 この大会を中塚が現地で視察し、地元の方々と意見交換してきます。公開サロンでは、中村覚之助の功績を改めてご紹介し、地元那智勝浦町で何がはじまり、どこへ向かおうとしているのかを皆さんと共有し、これからについて意見交換したいと思います。
 奮ってご参加ください! 

【日 時】2026年3月31日(火)19:00~21:00   ※終了後はオンライン懇親会
【会 場】オンライン(Zoom)
     ※Zoom情報は参加申し込みをされた方にURLをご案内します

【テーマ】「中村覚之助杯」報告-日本サッカーの“始祖”の名を冠する少年サッカー大会
【演 者】中塚義実(特定非営利活動法人サロン2002理事長/日本ヤタガラス協会副会長)

【参加費】1,000円(サロン会員・ファミリーは無料)
【参加申し込み】以下のイベントサイト「Peatix」よりお申込みください。
2026年3月公開サロン(通算353回)「中村覚之助杯」報告-日本サッカーの“始祖”の名を冠する少年サッカー大会 | Peatix